フォルクスワーゲン

castle 601911 640もう数年経つのか,それとも10年以上前からなのか定かではありませんが,ドイツが官民一体で「メイド・イン・ジャマニー」を標語に世界に向けて大アピールを開始した!というような雰囲気を覚えています。このメイド・イン・ジャーマニーは「生産国ドイツ」という意味ではないことは明らかです。
単なる優れた品質という意味だけでもなく,世界の環境と人類の幸福に寄与する最先端技術を駆使したモノ,そしてそれらに携わるヒトたちのヒューマニティーなど,精神的にもより進歩した世界に向かうリーダーたるドイツの自負があったはずです。

日本にいる叔父さんも叔母さんもぼくと話すたびに「私たちはドイツ大好きなのよ」と言います。亡くなった父にとっても,おそらくドイツは最も尊敬していた国だっただろうと思います。理由はいろいろあるかも知れませんが,ドイツ人に愛着や尊敬の念を感じる人たちは「まっとうな国民」という部分に最も感情移入していると思っています。勤勉さによって上り詰めた産業戦争で倫理とかち合わない箇所に接すると倫理を優先するというのも「まっとう」・・・なはずなのです。

フォルクスワーゲンの排ガス計測操作

ところが今回のフォルクスワーゲン事件では,つくづくぼくのナイーブさを再認識させられました。というか,もし,現在メディアで流れている情報がある程度でも正しいとしたら,政治・産業界を筆頭にほぼ全員がエゴイズムのみで活動している現況をさらけ出したともいえます。

スキャンダルが発覚されるまでのフォルクスワーゲン

vw 438825 640まず状況を簡単に説明します。アメリカはもともと車に対する法的規制がヨーロッパよりも厳しい国ですが,最近特にオバマ大統領が環境保全への対応として自動車の排ガス量にもさらに厳しい規制を強いたため,ディーゼル車はアメリカ国内での規制値をクリアーすることが困難になりました。
そこでフォルクスワーゲンは,車内装備される排ガス量の検出ソフトウェアーを新たに開発します。排ガス値の検出が開始されることをキャッチするとエンジンの回転数を制御して規制値を超える値は出ないようにソフトのアルゴリズムを変更したのです。実際の排ガス量との差は中途半端ではなく,数倍から数十倍,健康を害するといわれるNOx(二酸化窒素)などは最大40倍と報道されています。

ドイツの著名なICCT(International Council on Clean Transportation)研究所はすでに1年以上も前におかしいことに気づき,アメリカの研究所に通知します。ウェストヴァージニア大学では,排ガスおよび環境保全の技術力を示す模範としてフォルクスワーゲンのディーゼル車を調べていたところ,検出値が異なることを不思議に思い,同じような発見にいたります。その間,フォルクスワーゲンにも連絡をとったようです。いずれにしても結局埒が明かず,アメリカのEPA環境保護庁に報告され,今回正式に提訴されたわけです。つまり,メディアによると,過去4年間,フォルクスワーゲンは再三の通知にもかかわらず何らの対応を取らないばかりか,嘘をつき続けてきたことになります。
「間違いを犯して非常に遺憾に思います」と言いつつ,「英語ではっきり表現できる言葉が浮かびませんが,どじったということでしょうか」と付け加えているフォルクスワーゲンのヴィンターコーン社長のビデオを見ました。辞職はしないと言っていますので,過去のトップの責任の方が大きいと考えているふしがあります。今年(2015年)の4月に完全に引退した,日本びいきのピエヒ元社長のコメント(弁解)を聞きたいものです。

コストとイメージダウンが主要テーマのメディア・ニュース

多くのメディアは新たなトップ・スキャンダルとして報道している感じがしますが,トップの産業界の空気を全く知らないぼくらのような一般人にとっては,フォルクスワーゲンの問題ではなく,ドイツへの信頼性の低下でもなく,力を持っている人間たちが世界をいかに自由放題に操っているかという現実の再認識なのです。
フォルクスワーゲンの株式が一夜にして20%も落ちて株主が数十億ユーロ失おうが,アメリカの48万2千台のフォルクスワーゲン車とアウディ車の回収や所有者への損害賠償にどのくらいのコストがかかるのか,他の産業界にどのような影響が及ぼされるのか,トリックソフトが装備された世界中の1100万個のエンジンをどうするのか,ましてやヴィンターコーン社長の責任度やポストの維持など,庶民にとってはすべて二次的,三次的な飲み屋の話題でしかありません。
ZDF のニュースで,司会のクレーバーさんは「もし発覚していなかったらどうだっただろう」と言っていました。

ぼくらの一般レベルで討論される世界の政経界をとりまく(にとりまかれる)不条理は毎日毎日ニュースになるので,どうにもならない人間世界の現実として慣れっこになっています。
現在大問題になっている難民問題でも,中東の根本的な問題に取り組めといいつつ,兵器の輸出額はアメリカに次いで世界第二位のドイツ。世界の独裁主義者の汚職を責めつつ,賄賂なしでは中東などで商売できない現実は当然と考えているドイツの国際大企業。最も民主的な課題解決を行っているはずの欧州連合でイニシアチブをとれるのは,最も強力なロビイスト・ネットワークを駆使しているグループのみ。ドイツの(もちろん世界中の)資産家の隠し財産がスイスで危うくなると,世界中の安全な(?)越境地帯に財産を動かす金の亡者たち。
法に触れない限り合法。正直者は馬鹿を見る。大小の差はあれ,私も含めほとんどの人たちや企業が守っている格言です。

欧州人にとって,ときに不可解なアメリカ

また,アメリカに目を向けるとアメリカ人以外には異常に映る現象がいくつかあります。たとえば,日常の事件では弁護士に多くの金を出せる人が罪を逃れられる法事国家。ささいに見える欠陥製品から莫大な損害賠償金を得ることが可能な製品物保証。瀕死の重傷を負っても金がないと助けてもらえない民主国家。

それでも今回のフォルクスワーゲンの事件は異なっていると思います。
1リットルの走行距離,プリンターインクの印刷枚数,金額的にはおそらく今回のフォルクスワーゲンよりもはるかに高いコストがついたトヨタの事件やエアーバッグ事件,そして最近のホンダのスキャンダルよりも,違うと思うのです。

ドジと考える感性では世界に寄与できない

「ちょっと高くついたドジ,運が悪かった」と考える,あらゆる意味で尊敬も得ている世界企業,そして人間性と企業精神がバランスよく両立しているはずの,高等教育を受けた知的な秀才トップおよびトップグループの頭脳の麻痺によって牛耳られている現世界,そしてその麻痺によって,世界の半分以上の人間が何もいえず,ただ苦しむのみに生きざるを得ない,変わらない現実が今一度はっきりと示されたのです。オーバーでしょうか。

とここまで書いたら(9月23日の午後),ヴィンターコーン社長の辞任のニュースが流れてきました。フォルクスワーゲン取締役会は,ヴィンターコーン社長が(知らなかったのに)責任をとって辞任することに敬意を払っているといいます。
しかし,もし知らなかったとしたら,これだけの重要な情報を知らされなかった組織構造やトップの組織管理が問われ,知っていたとしたら責任を問われて当然でしょうし,いずれにしてもメディアを通した情報しか得られない私たちが分かることはほんの少しでしかないことに,またため息が出ます。

そして翌日のZDFニュースのビデオインタビューで,フォルクスワーゲン社の役員でもあるニーダーザクセン州のヴァイル州相が出てきました。ポルシェのトップ,マティアス・ミュラー氏がフォルクスワーゲン社の新たなCEOに任命されたこと,そしてフォルクスワーゲンの企業文化の改革が必要なことを説明していました。クラウス・クレーバーが改革の具体的な内容について尋ねると,「部署で法に抵触するような行為が行われた場合,内部の関係者が問題なく上部に通知できるような組織にする」との回答。クレーバーは,「えっ?,それが改革ですか? これまでは,そうではなかったということなのですか?」

翌日の新聞には,数年前からフォルクスワーゲン社内部の複数のエンジニアやボッシュ社などから,この問題が指摘されてきたにもかかわらず,もみ消されていたことが記事になっていました。同時に,フォルクスワーゲン社の特徴としてトップの独裁的な管理体制が挙げられていました。